シックハウス症候群とは
これまでの日本における室内空気汚染問題は、開放型暖房器具(石油ストーブ、石油ファンヒーター)から発生する窒素酸化物や、ダニ・カビなどのアレルゲンによるものが中心となっていました。しかし近年、新築あるいは改築した家に入居した人から、「目がツーンとする」「頭やのどが痛い」「ゼイゼイする」といった相談が保健所等に多く寄せられています。こうした症状はシックハウス症候群と呼ばれ、住宅の高気密化や化学物質を放散する建材・内装等の使用による室内空気汚染が原因と考えられています。また、「シックハウス症候群」は、住宅の高気密化や建材等の使用だけでなく、家具・日用品の影響、カビ・ダニ等のアレルゲン、化学物質に対する感受性の個人差など、様々な要因が複雑に関係していると考えられています。
なお、シックハウス症候群という言葉は和製英語で、欧米ではシックビル症候群(Sick building syndrome; SBS)あるいはビル病と呼ばれています。
指針値が設定された物質の特性等
(1)ホルムアルデヒド
ホルムアルデヒドは刺激臭のある無色の気体で、35~37%水溶液をホルマリンといいます。
殺菌防腐剤として用いられるほか、ホルムアルデヒド入りの接着剤として合板やパーティクルボード等に広く使用されています。しかし、平成15年7月、改正建築基準法が施行され、内装仕上げに使用するホルムアルデヒドを発散する建材の面積が制限されるようになりました。
ホルムアルデヒドは濃度によって人体影響が異なり、0.08 ppmあたりから臭いを感じ、3 ppmでは目や鼻に刺激が起こり、4~5 ppmでは涙が出たり、呼吸器に不快感が生じます。50 ppm以上になると、肺炎などを起こし死亡することもあります。長期的には、発がんの可能性もあると言われています。なお、ppmとは、空気中における汚染物質等の微量な重さ(濃度)の単位で、英語のparts per million(百万分の1)の略です。ちなみにホルムアルデヒド濃度1ppmとは、1m3(百万cm3)の空気中に1cm3のホルムアルデヒドが含まれている状態です。
(2)トルエン
トルエンは無色の液体で、シンナーのような芳香があります。接着剤や塗料の溶剤及び希釈剤として用いられる他、自動車等のエンジンのアンチノッキング剤としてガソリンに添加されることがあります。
トルエンの臭いを感じる濃度は0.048 ppmあたりからで、高濃度になると目や気道に刺激が起こり、疲労、吐き気、それに、中枢神経系にも影響を与え、ひどい場合には、精神錯乱などをきたすこともあります。また、意識低下や不整脈を起こすことがあります。
(3)キシレン
キシレンは無色でガソリンに似た臭いがあります。トルエンと同様に、接着剤や塗料の溶剤及び希釈剤として用いられる他、アンチノッキング剤としてガソリンに添加されることがあります。
高濃度ではトルエンと同様の生体影響があります。200 ppm程度の濃度で明らかに目、鼻、のどが刺激されます。
(4)パラジクロロベンゼン
パラジクロロベンゼンは通常無色または白色の結晶で、特有の刺激臭を有します。家庭内では衣類の防虫剤やトイレの芳香剤として使用されています。
15~30 ppmで臭気を感じ、80~160 ppmでは大部分の人が目や鼻に痛みを感じます。
(5)エチルベンゼン
エチルベンゼンは無色で特有の芳香があります。トルエンやキシレンと同様に、接着剤や塗料の溶剤及び希釈剤として用いられます。
10 ppm以下でも臭気を感じ、かなりの高濃度(数千ppm)で暴露されると、めまいや意識低下等の中枢神経症状が現れます。
(6)スチレン
スチレンは無色ないし黄色を帯びた油状の液体で、特徴的な臭気を有します。家庭内ではポリスチレン樹脂、合成ゴム、不飽和ポリエステル樹脂、ABS樹脂、イオン交換樹脂、合成樹脂塗料等に含まれる高分子化合物の原料として用いられています。これらの樹脂を使用している断熱材、浴室ユニット、畳心材等の他、様々な家具、包装材等に未反応のモノマーが残留していた場合には、室内空気中に揮散する可能性があります。
60 ppm程度で臭気を感じ始め、200 ppmを超えると強く不快な臭いに感じるといいます。600 ppm程度で目や鼻に刺激を感じ、800 ppm程度になると目やのどに強い刺激を感じ、眠気や脱力感を感じるようになります。
(7)クロルピリホス
クロルピリホスは有機リン系の殺虫剤で、家庭内では防蟻剤(しろあり駆除)として使用されてきました。しかし、平成15年7月、改正建築基準法が施行され、居室を有する建築物への使用が禁止されました。
クロルピリホスによる軽症の中毒症状としては、倦怠感、頭痛、めまい、吐き気等があり、重症の場合には、縮瞳、意識混濁、けいれん等の神経障害を起こすことが報告されています。
(8)フタル酸ジ-n-ブチル
フタル酸ジ-n-ブチルは無色~微黄色の粘ちょう性の液体で、特徴的な臭気を有します。主として塗料、顔料や接着剤に、加工性や可塑化効率を向上させるために使用されます。
フタル酸ジ-n-ブチルに高濃度に暴露すると、目、皮膚、気道に刺激を感じます。
また、シックハウス症候群の話からはそれてしまいますが、フタル酸ジ-n-ブチルは、1998年に環境庁が示した「内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質」、いわゆる“環境ホルモン”としてリストアップされた67物質の一つに挙げられています。“環境ホルモン”とは、「動物の生体内に取り込まれた場合に、本来、その生体内で営まれている正常なホルモン作用に影響を与える外因性の物質」と定義されています。さらに、フタル酸ジ-n-ブチルは、環境実態調査で検出された最高値と、内分泌攪乱作用が疑われる最低濃度との差が比較的小さいこと等の理由から、リストアップされた67物質のうちリスク評価を優先的に実施する8物質の中にも選定されています。
(9)テトラデカン
テトラデカンは無色透明な液体で、石油臭を有します。塗料の溶剤に使用されるほか、家庭内では灯油が発生源となります。
中毒の情報はあまりありませんが、高濃度では刺激性及び麻酔性があるとされています。
(10)フタル酸ジ-2-エチルヘキシル
フタル酸ジ-2-エチルヘキシルは無色~淡色の粘ちょう性の液体で、特徴的な臭気を有します。代表的な可塑剤で、壁紙、床材、各種フィルム、電線被覆等様々な形で利用されています。
フタル酸ジ-2-エチルヘキシルとの反復または長期間の接触により、皮膚炎を起こすことがあります。
また、フタル酸ジ-2-エチルヘキシルは(8)フタル酸ジ-n-ブチルと同様に、環境庁が示した「内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質」のリストに挙げられ、かつ、「優先してリスク評価に取り組む物質」にも選定されています。
(11)ダイアジノン
ダイアジノンは無色のやや粘ちょう性の液体で、弱いエステル臭を有します。ダイアジノンは有機リン系の殺虫剤で、ペット用の首輪、あるいはマイクロカプセル化したゴキブリ用残留散布剤として使用されています。
ダイアジノンによる中毒症状は、(7)クロルピリホスと同様です。
(12)アセトアルデヒド
純品は無色の液体で刺激臭があり、薄い溶液では果実様の芳香があります。アセトアルデヒドは、エタノールの酸化により生成され、ヒト及び高等植物における中間代謝物でもあるため、様々な食物やアルコールを含むもの、またヒトそのものも発生源となります。また、喫煙によっても発生します。ホルムアルデヒド同様、接着剤や防腐剤に使用されているほか、写真現像用の薬品としても使用されています。
アセトアルデヒドは、いわゆる二日酔いの原因物質の一つとして知られています。蒸気は目、鼻、のどに刺激があり、目に入ると結膜炎や目のかすみが起こります。長期間接触すると、発赤、皮膚炎を起こすことがあります。高濃度の蒸気を吸入すると、気管支炎や肺浮腫、それに麻酔作用、意識混濁等が出現しますが、初期症状は慢性アルコール中毒に似ています。
(13)フェノブカルブ
フェノブカルブは無色の結晶で、わずかな芳香臭を有します。水稲、野菜などの害虫駆除に用いられているほか、家庭内では防蟻剤として用いられています。防蟻用の製品は、一度に高濃度で揮発しないようマイクロカプセル化されており、土壌に適切に処理された場合、室内への放散は低いと言われています。
高濃度に暴露した場合、倦怠感、頭痛、めまい、悪心、嘔吐、腹痛等の中毒症状を起こし、重症の場合は縮瞳、意識混濁等を起こします。
室内のホルムアルデヒド及びトルエン濃度の変化
図1に、当所における調査研究として実施した、新築マンション(1戸)の室内(リビング)におけるホルムアルデヒドとトルエン濃度の経時的測定した結果を示します。築約1ヶ月後に行なった最初の測定では、ホルムアルデヒド、トルエン濃度ともに室内濃度指針値の約3倍という高い値を示していましたが、築約3ヶ月後には、両物質ともに指針値以下の濃度に低下していました。
また、トルエンの濃度は築約1年半(550日)後の時点では0.010 ppm以下と、外気の濃度とほぼ同じレベルにまで減少していたのに対して、ホルムアルデヒドの濃度は約0.03 ppmと指針値濃度0.08 ppmの半分以下ではありましたが、外気の濃度(0.001 ppm以下)と比べると約30倍と依然として高いレベルを示していました。